祈りと学びの聖書日課

日々の祝福(毎日更新中!)

今年度は単純に信仰の基本を復習(デボーション)として聖書日課を楽しみましょう。

 


日々の祝福(本文を読む前に注意していただきたいこと!)

1)  最初に聖句を読み、本文を読み、もう一度最初の聖句を読み、お祈りの順番で読み進めてください。

2)  「祈りと学び」はあくまでヒントなので、自分なり(心)に従ってお祈りください

3)  この書は「祝福」という言葉を学び、祈ることに焦点をあわしています。聖書を通して「恵まれた」「祝福された(る)」とはどうゆう意味なのか考えましょう。

4)  時に同じ章句を繰り返し出てきますが、その箇所が大切で今がある個所だからです。

5)  つながりのある内容は、その話の流れによっては、その流れが解るように書いています。

6)  この書を通し、信仰を知り、信仰を考え、信仰を深め、信仰のために戦い真の意味での聖書的祝福を感じることができるようになっています。これは聖書全体の内容の展開であることを知らされています。

聖書とは、御言葉を通して、すばらしい神の祝福が、ひしひしと湧き出てくる書です。

 

 

聖書日課

10月22日(木曜日)

「主の祈り(8)」

 

【新改訳2017】     マタイ 613

 

「私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。」

 

この後半の部分はルカにないので、マタイから引用します。ふつう第七の願いとして考えられます。この「悪から」は「悪しき者から」(協会訳)とも訳されます。つまり、悪魔とその悪からお救いくださいとの意味に解かされます。また「救う」は、助け出す、かばって保護するという意味です。イエス・キリストを信じて救われた(ギリシャ語で「ソーゾー」)私たちは、普通の生活の中で出会うサタンとの悪のわざから救っていただく(「リュオマイ」-解放される)ことを祈るのです。

 

「悪」は多くの場合、必ずしも悪だとわかりません。かえって魅力あるものとして人間を引きつけます。あるいは、神の民(キリスト者)をいろいろな訴えやそしり、悪意をもって攻撃し、失望させ、神から引き離そうとします。ですから、日々このように祈りつつ、あらゆる悪から守っていただき、神とともに生かしていただくのです。

 

~祈り~

 

主よ。私たちを誘惑しようとする悪魔や悪霊たちのわざと、その悪からお守りください。そのわなに陥らず、御霊によって勝利するように助けてください。

 

【学びのために】

 

ルター「われわれはこの祈りにおいて、…‥天の父がからだと魂、財産と名誉にかかわるすべての類の悪から、われわれを救い、そして、ついにはわれわれの臨終にさいして祝福された終わりを与え、恵みをもって、悲しみの多いこの世から、天へと受け入れてくださることを祈るのです」。

 

 

【新改訳2017】     ルカ 11.4

 

「私たちを試みに会わせないでください。」

 

第六の願いです。『試み』は、ギリシャ語でペイラスモスという語で、他に試練、誘惑とも訳されています。どちらを取るかは文脈から判断しなければなりません。いずれにしても、試されたり惑わされたりするものから守られることを祈るのです。

 

この世に生きているかぎり、私たちは少なくとも三重の方向から試みられています。まず、自分自身の内にある欲望の性質から、さらにはこの世から、そしてサタンから絶えず誘惑されているのです。そして、自分自身の力でそれらに勝ち続けることはできません。問題が起こった時、しばしば、「まさかあの人が‥」と驚かされたりします。すべての人にとって、金,名誉、性などの誘惑、または、病気やその他の試練などは避けられません。ですから、日ごとに神にこのように祈りつつ生きることはとても大事であり、必要なことなのです。

 

~祈り~

 

主よ。あなたの守りと恵みを感謝します。しかし、自らの弱さのゆえに、試みに負けやすい者です。どうぞ、それに勝つことができるようにお助けください。

 

【学びのために】

 

ルター「たしかに神は、だれをも試みに会わせられません。しかしわれわれはこの祈りにおいて、神がわれわれを助け守って、悪魔やこの世やわれわれの肉が、われわれをあざむいたり、またまちがった信仰や絶望、または、その他の大きなとがや罪悪におちいらないように…‥祈るのです」。

 


小助川(こすけがわ) (つぎ)

著書:日々の祝福

 いのちのことば社 出版