祈りと学びの聖書日課

日々の祝福(毎日更新中!)

今年度は単純に信仰の基本を復習(デボーション)として聖書日課を楽しみましょう。

 


日々の祝福(本文を読む前に注意していただきたいこと!)

1)  最初に聖句を読み、本文を読み、もう一度最初の聖句を読み、お祈りの順番で読み進めてください。

2)  「祈りと学び」はあくまでヒントなので、自分なり(心)に従ってお祈りください

3)  この書は「祝福」という言葉を学び、祈ることに焦点をあわしています。聖書を通して「恵まれた」「祝福された(る)」とはどうゆう意味なのか考えましょう。

4)  時に同じ章句を繰り返し出てきますが、その箇所が大切で今がある個所だからです。

5)  つながりのある内容は、その話の流れによっては、その流れが解るように書いています。

6)  この書を通し、信仰を知り、信仰を考え、信仰を深め、信仰のために戦い真の意味での聖書的祝福を感じることができるようになっています。これは聖書全体の内容の展開であることを知らされています。

聖書とは、御言葉を通して、すばらしい神の祝福が、ひしひしと湧き出てくる書です。

 

 

聖書日課

10月2日(金曜日)

「イエスはだれと

 

【新改訳2017】    ルカ 9.18-27

 

「イエスは、彼らに言われた。『では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。』ペテロが答えて言った。『神のキリストです。』」(20)

 

ルカの福音書の記録にも、いよいよ弟子たちの信仰の実質が問われていく段階に入っています。そして、それはまた私たちの信仰の実質も問われる内容であることに気づかされます。

 

ペテロの告白は、マタイによれば「あなたは、生ける神の御子キリストです」となっています。他の人々は、ヨハネだとか昔の預言者の一人だとか言いました。ペテロの告白は父なる神から与えられたものでしたが、彼はまだ、「主のしもべ」としてのキリストを理解するには至っておらず、政治的なメシア像のレベルだったようです。

 

今日私たちがイエス・キリストを信じるという時、どこまでの信仰なのでしょうか。主は私たちのためにご自身を十字架刑で犠牲にしてくださって死なれ、そして、復活された救い主である、というところまで信じているでしょうか。

 

 

 

~祈り~

 

主よ。どうか、あなたを、生ける神の御子キリスト、十字架上で犠牲となられた受難のしもべ、死からよみがえられた勝利の主と信じる信仰であらせてください。

 

【学びのために】

 

ペテロの偉大な信仰告白は、神から与えられたものでしたが、まだ、十分な意味では身についたものではなかったようです。よく知られるように、その後イエスを3度否定しました。聖霊によって与えられた信仰や知恵でも、真の意味でその人のものになるのには時間がかかることがあるのです。

 

 

【新改訳2017】     ルカ 9.10-17

 

「…‥彼らは言った。『私たちには5つのパンと2匹の魚のほか何もありません。私たちが…‥買うのでしょうか。』・・・・・するとイエスは、5つのパンと2匹の魚を取り、天を見上げて、それを祝福して…‥与えられた。」(13-16)

 

この話も有名なもので、「5つのパンと2匹の魚の奇跡」とか「五千人の給食」として知られています。

 

ここでも、多くの霊的教訓があり、読む度ごとに主の祝福の不思議さとすばらしさを教えられます。

 

まず、主は私たちの日常生活のごく普通の必要まで心配してくださるということです(Ⅰペテロ5.7)。また主は、今あるわずかなものでも、祝福して多くのものにすがることができるということです。私たちは、この時の弟子たちのように「…‥しかありません」という考えが先に立ちますが、大事なことは、今あるものを主の御手にゆだねることであると教えられます。その時、主はそれを祝福し、みこころのままにみわざをなしてくださるのです。

~祈り~

主よ。あなたは、わずかなものからでも御手にゆだねられるものは、御思いのままに祝福されることを覚え、御名をほめたたえます。どうか、消極的な思いにならずに、あなたに信頼させてください。

【学びのために】

 

マタイ14.13-21、マルコ6.32-44、ヨハネ6.5-13参照。


小助川(こすけがわ) (つぎ)

著書:日々の祝福

 いのちのことば社 出版