聖書日課「日々の祝福」



【新改訳2017】     ルカ 1511-24

 

「こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走りよって彼を抱き、口づけした。」(20節)

 

主イエスが語られた「放蕩息子」の例話の一部です。この箇所は、ぜひ聖書で全体を読んでください。本当にたくさんのことを教えられる、豊かな内容の例話です。

 

例えば、息子の自己主張、欲望の果ての姿、我に返った息子、反省、悔い改めをして父のもとに帰る姿などから、迷い出た人間の状態を実にリアルに見せられます。さらに、息子が家を出て以来、一日として忘れることなく心配し、いわゆる物乞い同然の姿で帰って来た息子を遠くから見つけ、走り寄って迎え入れてくれた父親の姿には感動せざるを得ません。息子は父に詫び、父は大喜びで宴会を開いて迎えたのです。

 

お察しのように、この息子は人間の姿であり、父は「父なる神」のお姿です。神はなんという愛であなたや私の帰りを待っておられることでしょう。

 

~祈り~

 

父なる神さま。身勝手なことを言い、あなたのみこころを無視し自分の道を生きようとして罪に苦しむ人類が、一人でも多くあなたのみもとに立ち返ることができますようにお導き下さい。

 

【学びのために】

 

旧約聖書にも、このような愛が、何回も記されています。721日、22日、26日、27日(ホセア書)も、その典型的な例です。神の愛と真実が決して変わらないことに、恐れと感謝を覚えずにはいられません。

 


小助川(こすけがわ) (つぎ)

著書:日々の祝福

 いのちのことば社 出版