2026年3月1日 日曜礼拝メッセージです。
「イエスは答えられた。『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」。マタイ4:4
みことばは、歳を重ねながらいろんな経験をさせていただく中で、聖霊様の働きによって更に理解が深まり、味わいも増していく神の言葉です。まず、「本当に、人はパンだけで生きるものではない」ことを感じています。人は思い悩んでいたり、心配事で頭がいっぱいになっている時などは食欲もなく、出るのはため息ばかり、という状態になるのではないでしょうか?つまり衣食住だけあれば、ハッピーとはならないのです。なぜか? 聖書は「人は神のかたちにつくられた」と証言しています。つまり神が三位一体であるように、私たちも体、魂、霊という三位一体性で構成されているからです。そして聖書は、人は神との契約を破ったので死んだと証言しています。つまり人はその時から体と魂という動物と同じ、肉体的、感情的、情緒的なもので生きる存在となってしまったのでした。ところが神様とのつながりを持つ「霊」の断片がうずき、人は、神を求めるが、分からない、答えがない…死んでしまっているからなのです。それを復活させるべく、御子イエス様が遣わされ、人の「死」から来る罪の代償を全て担われ、ご自分の命をもって支払って下さったのでした。だから、その命のお陰様で私たちは今一度、イエス・キリストにあって、神との交わりが持てる、「いのち」(霊)が回復される…というのが福音ですね。それを自分のものにしたい人は、まず自分の罪を認め、その代償となった十字架とよみがえりのイエス様を信じ受け入れるところから始めたらいいですね。クリスチャンの方で、「御言葉」がよくわからないという方は、何か的が外れているのではないでしょうか?自分の悟りによって知ろうとしていませんか?御言葉を読み、触れる時間を作っていますか?二の次、三の次になっていませんか?短くても、御言葉に没頭できる時を作れたら幸いですね。もう一つ覚えていただきたいのは、「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」という事です。これはイエス・キリストを信じ、クリスチャンとなられた方々にしかわからない「神の奥義」です。さあ、あなたも求め、探し、たたいてみられませんか?そうする人は見つけることが出来るそうですよ。
2026年2月22日 日曜礼拝メッセージです。
「海外宣教」 ローマ10章13-15節
10:13 「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。
10:14 しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。
10:15 遣わされることがなければ、どのようにして宣べ伝えるのでしょうか。「なんと美しいことか、良い知らせを伝える人たちの足は」と書いてあるようにです。
2026年2月15日 日曜礼拝メッセージです。
「神様の深みを探っていますか」
Ⅰコリント2章9-10節
Ⅰコリント
2:9 しかし、このことは、「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、人の心に思い浮かんだことがないものを、神は、神を愛する者たちに備えてくださった」と書いてあるとおりでした。
2:10 それを、神は私たちに御霊によって啓示してくださいました。御霊はすべてのことを、神の深みさえも探られるからです。
「心を尽くして【主】に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる。」
箴言3:5,6
2026年2月8日 日曜礼拝メッセージです。
「クリスチャンホーム2」 マタイ19章6節、箴言22章6節
マタイ
19:6 ですから、彼らはもはやふたりではなく一体なのです。そういうわけで、神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。」
箴言
22:6 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。
2026年2月1日 日曜礼拝メッセージです。
「クリスチャンホーム」 マタイ19章6節、箴言22章6節
マタイ
19:6 ですから、彼らはもはやふたりではなく一体なのです。そういうわけで、神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。」
箴言
22:6 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。
2026年1月25日 日曜礼拝メッセージです。
「あなたを愛している」 イザヤ43章4節
神様があなたを愛していることを知っていますか? それは具体的に何を意味しているでしょうか? 愛は私たちの人生においてとても必要なものです。ある人は愛を追い求めながら、結局見つけることが出来ないまま一生を終えます。マリリン・モンローは残念ながら間違った場所で愛を追い求め、愛を得られぬまま自殺しました。今朝皆さんに伝えたいことは、あなたは彼女のようにならなくても良いということ。神様があなたを愛していて、あなたに価値を認めていてくださるという事です。
Ⅰ、神様はあなたをご自身のかたちに創造しました。自然を見渡すと、神がいかに偉大であるかを実感できます。神は、私たちが生きるために必要なすべてをつくられただけでなく、私たちの楽しみのためにもたくさんのものをつくってくださいました。そして、すべてが準備できときに、ご自身のかたちに男と女をつくられました。私たちは偶然に生きているわけではなく、偉大な目的をもって神によってつくられた、だからこそ、価値があるのです。
Ⅱ、神はあなたを救うために大きな代価を払いました。今日の聖句には、「…だから、わたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにする」とあります。これはもともとイスラエル人に書かれたもので、神がイスラエルを選び、ある個所では、イスラエルを花嫁として選んだとあります。では、今の私たちには何を意味するのでしょうか?罪の奴隷であり、悪魔の奴隷である私たちを、神様は愛の目で見つめて、私たちを罪から解放するために、一人子のイエス様が死んでくださった。私たちはカルバリにはいませんでしたが、神の犠牲的な愛の結果を体験することが出来ます。完全な赦し、受容、友としての交わり、そして、天国での永遠のいのちを受けることが出来るのです。
Ⅲ、神はあなたを息子、娘と呼んでくださいます。神は、あなたのことを何と呼んでくださっていますか…? あなたが神を呼び求めるなら、神はあなたの声を聞き、応えると約束しておられます。神が私たちのために時間をとって、気遣って下さるのは、ご自身のいのちをささげるほど私たちを愛しておられるからです。
これらを覚えて、今日、神様の愛に感謝しませんか?
2026年1月18日 日曜礼拝メッセージです。
「主の教えを喜びとし」 詩篇1篇1-3節
1:1 幸いなことよ悪しき者のはかりごとに歩まず罪人の道に立たず嘲る者の座に着かない人。
1:2 【主】のおしえを喜びとし昼も夜もそのおしえを口ずさむ人。
1:3 その人は流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結びその葉は枯れずそのなすことはすべて栄える。
先週(1/18)は、賛美と証の礼拝でした。
ショートメッセージは、詩篇1篇1-3節からジャステン牧師が語りました。
カナダに住んでいるロメオさんが家族と共に教会に出席し、2023年7月に救われ、光の中を走り始めました。以前は無神論者だと公言し、全身にタトゥーを入れている者でしたが、教会に集い始めて、多くの質問をしながら、イエス様に従うとどのような犠牲を払うことになるのかよく考えて検討していました。救われてからきよめを、恵みの御座が開かれる度に神様を求めて祈っていました。そして、神様が喜ばれないと判断したものを捨てて、2024年の春に夫婦ともきよめられ、彼らは神様の祝福を受けて、その証と生活は聖なる実りを結んでいます。2025年には牧師となる召命を神様から受け、今はキリスト教の教えを提供するアプリの開発に取り組んでいます。わずか数年で、神のみ言葉を読んで実践するこの家族を、神様は完全に変えてくださいました。神様は今もなお人々を救い、きよめてくださいます。主を賛美し、ほめたたえよ!
ショートメッセージが語られたあと、兄弟姉妹、子どもたちによる賛美や証がありました。聖霊様が豊かに働いて下さり、感謝に満ちた礼拝でした。(教会ホームページ、礼拝音声から聴くことが出来ます)
2026年1月11日 日曜礼拝メッセージです。
「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」
第二部(新約聖書の概要後半) マタイ4章4節
イエス様は「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる。」と教えました。私たちは、いのちの(霊的な)パンを手にする特権を持っています。大切なのは、神が与えて下さる霊的パンを毎日いただくことです。
ピリピ…パウロが獄中で書いたものです。試練や迫害に直面している人々に多くの真実と励ましが書かれています。パウロは試練の中でも喜び、感謝していました。コロサイ…コロサイの教会は、偽教師や偽預言者、間違った神学に悩まされていた小さな教会でした。そこで、パウロは獄中から手紙を書き、キリストを高く上げ、人々にキリストにあって歩むように告げました。テサロニケⅠ、Ⅱ…イエス様がいつ地上に戻って来られるのか、その時期について混乱していた人々のために書かれました。中には仕事を辞めてお節介をやき、怠けものになっている人もいたのです。テモテⅠ、Ⅱ…パウロが若い説教者であるテモテに、奉仕者としての心得を教えています。牧師、教師、信徒にとって実践的なアドバイスがたくさんあります。また、信仰から離れないように、と少なくとも6回警告されています。不注意と罪によって大切な救いを失うことがないように!テトス…パウロはテトスを救いに導き、彼を「信仰の息子」と呼んでいます。テトスはパウロの伝道旅行に同行していましたが、この時、地中海のクレタ島の教会の監督でした。ピレモン…パウロの獄中書簡の一つです。これは、教会宛ではなく、ピレモン宛の個人的な手紙でした。ここには、パウロの人々への愛が見られます。ヘブル…これは聖書中でも深遠な書物の一つです。イエスが人間や天使以上の存在であり、神の子であり、私たちの大祭司であることを示しています。この恵みによって、私たちはクリスチャンとしてすばらしい特権と責任にあずかっていることが語られています。ヤコブ…ヨハネの弟ヤコブによって、あるいは、イエスの兄弟ヤコブによって書かれた可能性があります。とても実用的なことが書かれています。ペテロⅠ、Ⅱ…現在のトルコにあたる地域に散らばるユダヤ人たちに書かれました。ヨハネⅠ、Ⅱ、Ⅲ…ヨハネの福音書や黙示録を書いた使徒ヨハネによって書かれました。「愛」という言葉が38回出てきます。ユダ…おそらく、イエスの兄弟ユダによって書かれました。偽教師への警告が書かれています。黙示録…理解しにくいことが多く書かれていますが、主なメッセージは明確です。神は最終的に勝利し、最後まで神に忠実な者もまた勝利者となる!
2026年1月4日 日曜礼拝メッセージです。
先週のメッセージ 「私たちをねたむほどに慕っておられる神様」
ヤコブ4章1-5節(5節)
年末年始は神様にとって悩ましい時期でもあります。クリスマスの時期になると、あちらこちらで「メリークリスマス」という声が聞こえるが、そのどこに行っても自分を迎え入れてくれる場所はない。そしてその約1週間後には、多くの人々が神社仏閣に初詣。今年伊勢神宮では41万人、明治神宮では例年通り300人越え(1~3日)の参拝があったそうです。皆さんはこのような状況をどのように見られるでしょうか?イエス様は、そういう人々を「羊飼いのいない、羊の群れ」(マタイ9:36)と見ておられます。こういう私も
クリスチャンになる前はそのような者の一人でした。
巷で流れてくるニュース、世界情勢にはどんなものがあるでしょうか、「戦いや争い、人殺し、節操のない者たち」のことが大半を占めています。暗い時代だと思いませんか?「あなたがたの間の戦いや争いは…あなたがたのからだの中で戦う欲望から出てくる」また「求めても得られないのは、自分の快楽のために使おうと、悪い動機で求めるからです」と聖書は教えています。どうやら、神様が祈りに応えるのにも神様側の条件があるようですね。ただ多くの人々はこの事さえも知らないで願いを叶えてくれるのが本当の神様…と思っているのです。もう一つ多くの人々が知らないことがあります。それは神様ご自身が、私たちのことを「ねたむほどに慕っておられる」という事です。好きな人が異性と親しくしていたら心が痛むでしょう、悲しくなるでしょう。そんな感じのことです。聖書は「私たちの内に住まわせた御霊を…」と記しています。クリスチャンの方々は分かりますよね、信じた時クリスチャンは主の御霊を信じ受け入れたので、そのうちにはもう御霊がおられるのです。だから主との交わり、きよい生き方が奨励されているのです。主ご自身がそれを求めておられるからです。
ではクリスチャンでない方は?創世記には人が主の御霊を失い、死んでしまう記録が記されています。もともと人は鼻から主の息吹を入れられて生かされた存在なのです。だからたとえ霊的に死んでいて、分からなくても人の内にはその断片が残っていて、その失ったものを探しているのです。それが人々の宗教心にあらわれているわけです。ああ、イエス様を信じ受け入れ、イエス様が分かれば、真の神との交わりが戻るのに…
クリスチャンの方々、証してあげてください、あなたの体験をあなたの
内におられる真の神のことを。そうすればあなたの内におられる御霊が輝きますよ。
2025年12月28日 日曜礼拝メッセージです。
「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」
詩篇119篇101-105,107節 Ⅱテモテ3章15節 マタイ4章4節
もし食べなければ成長せず、弱って、最終的には死んでしまいます。同様に、霊的な食べ物である聖書を読まなければ霊的に弱っていき、霊的な死に至ります。今日は、新しい一年を通して新約聖書を読む決心を促したいと思います。簡単なようで、強い決意を必要とします。なぜなら、悪魔はあなたを攻撃してくるからです。悪魔は、あなたが御言葉の中にいることを嫌います。
新約聖書の概要(27巻 一部)新約聖書の最初は、マタイの福音書です。最初の17節は系図です。この系図は、イエス様がダビデの子孫であり、ユダ族に属することを示しています。マタイはユダヤ人向けに書かれていて、5章から7章には「山上の垂訓」が記されています。マルコは一番短い福音書で、ローマ人に向けて書かれています。バプテスマのヨハネが悔い改めを説き、イエス様は12使徒を呼び、人々を癒し、悪霊を追い出し、嵐を鎮め、5千人を養い…とたくさんイエス様がなさったことについて書かれています。ルカの福音書は、使徒行伝の著者と同じ弟子のルカによって、異邦人向けに書かれました。最初の2章はヨハネとイエス様の誕生について、3章にはマタイとは違う系図が書かれています。一つはマリアの、もう一つはヨセフの系図かもしれません。そして、72人の弟子を遣わしたことについても書かれています。ヨハネの福音書は他の三つの福音書の後に書かれたため、他の福音書には書かれていない多くのことに焦点を当てて書かれています。テーマは、イエスの神性。イエス様が本当に神の子であることを信じるため、そして、いのちを得るために書かれました(20:31)使徒行伝は初代教会の歩み、歴史です。聖霊に満たされた弟子たちが迫害をも通して全世界に散らされて、福音を伝えて行き、数々の教会がスタートしました。ローマ書は神学の書です。コリント人への手紙は、コリントの教会が抱えていた問題課題への対処法が書かれており、13章では、最も必要なのは愛である、と教えています。ガラテヤ人への手紙は、福音を純粋に保つことの大切さ、他の思想などと混ぜてはいけないことなどを教えています。エペソ人への手紙は、キリストを高く上げ、イエスの恵みによって得られる喜びを語っています。
私たちは飢えて弱ったクリスチャンにはなりたくないですね。ぜひ、日々恵みに満ちている聖書を読んで強められましょう。
2025年12月21日 クリスマス日曜礼拝メッセージです。
「イエス様はなぜ世に来られたのでしょうか?」 マタイ2:23
「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。
クリスマス礼拝へようこそ! この時期は、クリスマスの本当の意味を考える良い機会だと思います。クリスマスは、一年のうちでとても楽しみな時期ですね。ケーキを食べたり、プレゼントをもらったり、クリスマスツリーを飾って、クリスマスソングを歌う…でも、なぜクリスマスがあるのか知っていますか? ケーキを食べるから、もしかしたら誰かの誕生日? そう、イエス・キリストの誕生を祝っているのです。今は2025年、イエス様のお生まれから数えられています。クリスマスは、キリストのお誕生を祝うためのミサ、礼拝の日なのです。クリスマスの飾りにも意味があります。クリスマスツリーの形は天国を指す三角形、てっぺんの星は博士たちを導いた星、イルミネーションは世界の光であるイエス様を象徴しています。では、神の御子であるイエス様はなぜこの地上に来られたのでしょうか? 私たちと一緒にいるためです。人ごみの中でも孤独を感じたことがありますか?生きる目的を見失ったことは?どんな時でも、イエス様はあなたを愛して、そばにいてくださいます。また、私たちを助けるために来られました。この世は歪んでひどい状態、多くのことが間違っているように思えますが、イエス様は癒しと赦しをもたらすために来られました。イエス様は、意地悪な人を助けることが出来ます。いつも喧嘩ばかりしている人を助けて、仲良くさせてくださいます。やめられない罪の習慣をやめる力をくださいます。恨みをもって苦々しい思いを抱いている人を助けて、素晴らしい赦しをもたらします。
今日、あなたはそばにいてくれる友達を必要としていますか?助けを必要としていますか?イエス様に話してみてください…イエス様はあなたの祈りを聞き、共にいて、助けてくださいます。
2025年12月14日 日曜礼拝メッセージです。
「クリスマスの5名の王」
マタイ2:1-11、民数記24:17
今日の聖書箇所には5人の王様が出てきます。3人の賢い王様、1人の妬みを抱いた王様、そして、王の王である赤ちゃんのイエス様です。それは、神様の摂理による奇跡と守りの物語です。父なる神様によって御子がこの邪悪な世界に生まれて下さった物語です。この物語から、どんなに遠くにいても、どんなに困難に見えても、どんなに不可能に思えても、誰でもイエス様を見つけることが出来ることが教えられます。
この物語は、3人の東方の博士たちの登場から始まります。何人だったのか、どこから来たのか本当のところは分かりません…しかし、神様は彼らに対して真実であり、彼らがいた所でご自身を示してくださいました。神様は、野原にいた羊飼いたちにも、マリアにも、神殿にいたザカリヤにも、そして、星を研究していた博士たちにもご自身を現わして下さったのです。明らかに不思議な星が彼らを導きました。彼らはその星に導かれて旅を続け、ついにエルサレムに着きました。彼らはそこで残酷で嫉妬に燃えるヘロデ王に出会いました。ヘロデは、その生まれたばかりの王を礼拝したいと言いましたが、実は、他の王の誕生を耳にして嫉妬に燃えていました。博士たちは再び星に導かれて幼子のいる家にたどり着き、贈り物を捧げました。黄金は、高貴な方への贈り物。乳香は、彼らの崇拝する思いを示していました。そして、没薬は、将来のこと、十字架での死と埋葬を表していました。
キリストについて何も知らない親戚がいる、彼らは遠く離れていて伝えるのが難しい…真理を全く知らない人々を教会に招待した…神様はこのクリスマスの時期に、最も困難な状況をも超えてご自身を現わし、導く事がお出来になります。神様は数限りない方法をお持ちで、一人ひとりを導かれます。あなたはどのようにして導かれましたか? ラジオでイエス様のことを聴いて、トラクトを通じて、宣教師と同じバンドで演奏したことがきっかけで、教会の隣に引っ越してきて…等々。それぞれの導きに応答し、王の王を礼拝しに行くことが出来ますように!
2025年12月7日 福音丸記念日曜礼拝メッセージです。
「キリストは罪人を救うために世に来られた」
Ⅰテモテ1章15-16節 マタイ1:21、ヨハネ10:10
今日は、福音丸記念礼拝です。1954年に祖父のドン・ボーマンは、海軍兵として岩国に来ました。彼は新しいクリスチャンでしたが、神様から説教者となる召命を受け、船上でもメッセージをしていました。そして、岩国にいた4か月間に、もう一人のクリスチャンと一緒に日本人のための集会を開きました。救われる人も起こされ、彼らは喜びに満ちていました。
数年後、海軍を退役した祖父は牧師となり、1965年4月に宣教師として再び岩国へ戻ったのです。神様と日本人を愛して伝道を開始。そして、瀬戸内海の島々の人々にも福音を伝える思いが与えられ、その働きのために舟(福音丸)を造ってもらいました。1967年12月8日、阿多田島でクリスマス集会を開くために幼い子ども4人とボーマン夫妻、日本人のクリスチャン2名、アメリカ人のクリスチャン2名の計10名が福音丸に乗って出発。しかし、舟の設計ミスにより、途中で舟は転覆、7名の尊い命が天に召され、残されたのはボーマン夫妻とアメリカ軍人一人でした。大きな悲しみを抱え、心無い言葉で心えぐられることもありながらも、ボーマン夫妻は日本に戻って、神を愛し、日本人を愛して福音伝道を続けたのです。素晴らしいイエス様、そのお方が人として地上に来て下さった(クリスマス)この良い知らせは、世界で最も重要な知らせです。だから、宣教師たちは世界中のあらゆる場所に行って伝えるのです。
「キリストは罪人を救うために世に来られた」イエス様は、休暇のためや旅行や冒険のためにではなく、罪人を救うために来られたのです。罪の問題を解決できるのはイエス様だけです。イエス様は神でありながら人となり、罪を持たず罪を犯さず地上の生活をされました。だから、イエス様だけが人類の罪のために死ぬことがお出来になったのです。イエス様はすでにあなたの罪の代価を支払いました。このお方によって、誰でも救われることが出来ます。あなたも神の御許に戻りませんか?
2025年11月30日 日曜礼拝メッセージです。
「私たちの子どもたちにとっての三つの危機」
箴言22:6
「 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。」
1、 性別の曖昧化(ジェンダー混乱)創世記1:27、申命記22:5、ローマ1:18-32 私たちは、神様が定めた男性と女性という性別を維持するために役割を果たしているでしょうか?それとも世の流れに流され、従っているでしょうか?子どもたちが混乱しないように、性別の曖昧さという忌まわしい現象から子どもたちを守る努力をしましょう
2、 ダンスの定義 詩篇150:4 ダビデは主の前で踊りました。心も魂も力も全てを尽くして神を愛している時、魂が祝福され、神がなさったことに興奮して跳ねたり走ったり、叫んだり、笑ったり、踊ったりすることがあります。しかし、それは今日問題となっているダンスとは種類が違います。何万人の人が、主を喜んで踊っているならどんなに良いでしょう…しかし、今日の踊りの大半は主に向かってではありません。定義上、ダンスは音楽に反応する動きです。あなたが聴いている音楽はどんな音楽でしょうか。音楽は非常に力強く、魂の言語とも言えます。音楽は、悪のための強力な道具にもなることを覚えておく必要があります。肉欲を満たすための踊り、ヘビーメタル、ロック、ラップ…邪悪な歌詞、サタン崇拝、自殺、死、麻薬、性的なこと・・・こられは、子どもや青年たちに悪い影響を与えます。出エジプト32:6-35…人々は偶像に犠牲を捧げ、飲み食いし、歌い踊り、神の怒りを招きました。気をつけましょう!
3、 ビデオ・映画、インターネット 子どもたちはこれらを通して忌まわしいものにさらされています。子どもたちの心を守るために何をしていますか?彼らを正しく訓練していますか? Ⅰヨハネ2:16 私たちは、失敗するわけにはいきません。これほど多くの誘惑と罪の中で、子どもたちが強く立ち迎えるよう、どうすればよいでしょうか・・・そのために、子どもたちは聖書を読むことと祈ることを身につける必要があります。忙しい毎日の中でも、何かの時間をそのための時間に置き換えることを提案します。神様の助けを求めて共に祈りましょう。
申命記11:19、イザヤ46章4節
2025年11月23日 日曜礼拝メッセージです。
「あなたを背負う」 イザヤ46章4節
46:3 ヤコブの家よ、わたしに聞け。イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいたときから担がれ、生まれる前から運ばれた者よ。
46:4 あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。
46:5 わたしをだれになぞらえて比べ、わたしをだれと並べて、なぞらえるのか。
この個所から、私たちが母の胎内にいた時も、生まれてからも、子どもの時も、40代50代になっても、そして、年老いても、神様が背負って下さる(抱っこしてくださる)ことについて、証しと共に語られました。
2025年11月16日 日曜礼拝メッセージです。
「主は信頼できるお方です」 箴言3章5-7節
(ジョージ・ミューラーの物語)
彼の父親は、1800年初頭、ドイツで政務官として働いていました。ジョージはワイルドボーイでした。彼の母親が亡くなった夜、彼はまだ14歳でしたが、友人たちと午前2時まで飲んでいました。16歳になった時には、高級ホテルに泊まって美味しい食事をしながら支払いはせずに逃げて、次のホテルへ、という事を繰り返して数週間投獄されました。父親が徴収した税金まで盗む始末でした。 当時、牧師の給料は良く、皆に尊敬される職業だったので、彼の父親は、ジョージが牧師になることを願い、神学校に通わせました。しかし、その時も、彼は度々パーティーに行ったり、人からお金を借りても返さなかったり、友達のお金を盗んだりしていました。
しかし、19歳になった時に、友達に誘われて聖書研究会に参加し、そこから彼の人生は大きく変わったのです。彼は神に人生を捧げ、宣教師になることを望むようになりました。彼はイングランドで牧師として働いた時に、孤児たちのための重荷を感じるようになりました。また、彼は、神がどれほど信頼できるお方であるかを世界に示したいとも思っていました。祈った末、彼は孤児院を開くことを決心します。そして、「孤児院を開くための場所と千ポンド(約2800万円)を用意してくだされば孤児院を始めます」と主に告げました。彼の給料もスタッフの給料も主が与えて下さったときにだけ支払われる、人間的な契約も保証もありませんでした。最初から、彼とスタッフは、必要は全て神様に求めると決めました。最初は30人の子どもたち、そして、1837年末には81人の子どもたち、最後には2千人もの孤児を抱えました。ほぼ毎日のようにあらゆる種類の寄付が届き、必要な土地も建築費用も、日々の食事も光熱費も、スタッフの給料も祈りによって入って来るお金で賄われていきました。ある日、何百人もの孤児のための食べ物がないまま朝食の時間となった時、ミューラーは「神が何をしてくださるか見てみよう」と言いました。そして、ドアをノックする音…パン屋さんが朝の2時に神様に起こされてパンを焼いて持ってきてくれました。またノック、車が故障したから積んでいるミルクを飲んでほしい、と。神を信じる!あなたも全てにおいて神を信頼することが出来ます!!
山口県岩国聖書宣教教会
住所:山口県岩国市藤生町1-26-24
℡0827-31-7229 (090-5699-5932)