2025年6月1日~約1年間を通し、キリスト教入門・神学コースで学んでいきたいと思います。只毎回集いたいのに集えない学びたいけど1年間を通すとなれば~???と思う方朗報です!この度HPから見て学ぶ、ことが可能になりました。数年後あ!こんな話してたよねって振り返えり誰かの力になることもあると思います。
「全き聖化」(きよめ)
(メッセージは英語・日本語を分けて掲載しています。日本語になりますが、NO21には「全き聖化」復習 のワークシートを掲載しています。11月23日までに記入、提出は11月30日までにお願いします。
20. 「全き聖化」(きよめ)
(BMCマニュアル) 全き聖化は、新生の後になされる神の行為で、それによって信仰者は原罪、腐敗性から自由にされ、神への全き献身の状態に導き入れられ、愛の聖い服従が全うされると信じる。
これは聖霊のバプテスマによってもたらされ、罪からの心のきよめ、聖霊の内住的臨在、信仰者に生活と奉仕のための力が与えられる。
全き聖化は、キリストの血潮を通して与えられ、全き献身を前提として信仰によって瞬時的になされる。またこの御業と恵みの状態は聖霊によって証される。(ローマ12:1、ローマ6:6、11、13、22、ガラテヤ2:20、ローマ15:16、へブル13:12-13、へブル10:14-15)
この経験は、種々の面をあらわすいろいろなことばによっても知られている。例えば、キリスト者の完全、全き愛、心の純潔、聖霊のバプテスマ、恩寵の盈満、キリスト者の聖潔。
1.聖さへの必要性
まことの神様は聖なるお方であり、聖なる天国におられ、聖なる天使は神様の聖い御旨をなさっています。私たちは「聖」書を読み、神はそこで私たちに「あなたがたは聖なる者でなければならない。私が聖だからである」(ペトロの手紙一 1:16)とおっしゃっています。なぜならというと、「聖さがなければ、だれも主を見ることができません」(ヘブル12:14)イエスが私たちを「罪からお救いになるのです」(マタイ1:21)という事実を強調し、「あなたがた自身、生活のすべてにおいて聖なる者となりなさい」(第一ペテロ 1:15)との命令を尊重するべきです。神は私たちが聖なる者となることを望んでおり、私たちを聖なる者とするための経験を用意してくださっています。それはきよめです。
2.誰がきよめを求めることができますか?使徒 8:9-24(シモン、サマリア人)使徒 10:1-5, 21-48(コルネリウス)
• 確かに救いを受け、現在神と正しい関係にあり、罪より勝利の生活を送っている人
(罪への強い内なる誘惑と闘っているかもしれませんが)
• 堕落していて、罪に陥てるクリスチャンは、きよい心を求める前に、まず自分の罪を悔い改め、赦されてもらい、改めて救いの確信をもつ必要があります。
3.きよめとは何ですか?
A.罪の性質を根絶、あるいは十字架につけることです。
罪の性質は救われた後にも残り、クリスチャンが神と共に歩む中で多くの苦悩と緊張をもたらします。
罪の性質は、クリスチャンを次のように悩ませます
• 霊的には不安定 ヤコブ 1:8 「二心を抱く者で、歩む道すべてにおいて心が定まっていない」
• 内なる罪との闘い ローマ 7:21 「善を行いたいと願っている、その私に悪が存在する。」
• いつまでも「幼子クリスチャン」であり、成熟した信仰に成長しない 第一コリント 3:1-3
• 心の中で依然として世のファッションとライフスタイルを愛していること ヤコブ 4:4, 4:8
罪の心に対する神の解決策は、罪の性質を長期にわたって抑制したり、聖書の教えで訓練したりすることではない。神の解決策は根絶と十字架刑です。
例え:癌が手術や抗癌剤によって徹底的に対処しなければならないように、罪の性質は抜本的な方法で対処しなければならない。聖霊は外科医であり、私たちはただその解決策に身を委ねるべきです。
• ガラテヤ 2章 19ー20節 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。
• ローマ 8章 13節 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬことになります。しかし、もし御霊によってからだの行いを殺すなら、あなたがたは生きます。
• ローマ 6章 6節 私たちは知っています。私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅ぼされて、私たちがもはや罪の奴隷でなくなるためです。
B. 心を聖くする聖霊のバプテスマです
聖霊によるバプテスマ
★ マタイ3章 11節 私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方は私よりも力のある方です。私には、その方の履き物を脱がせて差し上げる資格もありません。その方は聖霊と火であなたがたにバプテスマを授けられます。(これはバプテスマのヨハネがイエス様について語った言葉です)
心のきよめ
★ 使徒 15章 8〜9節 そして、人の心をご存じである神は、私たちに与えられたのと同じように、異邦人にも聖霊を与えて、彼らのために証しをされました。私たちと彼らの間に何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。(異邦人のきよめについてペテロが語った言葉)
★ 第一テサロニケ 5章 23〜24節 平和の神ご自身が、あなたがたを完全に聖なるものとしてくださいますように。あなたがたの霊、たましい、からだのすべてが、私たちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのないものとして保たれていますように。あなたがたを召された方は真実ですから、そのようにしてくださいます。(パウロはテサロニケの人々に、どのようにきよめられるかを告げています)
C. 奉仕のための力と罪に抵抗する力
★ ルカ 24章 49節 見よ。わたしは、わたしの父が約束されたものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」(イエス様が弟子たちに約束した恵み)
★ 使徒 2章 1〜4節 五旬節の日(ペンテコステ)になって、皆が同じ場所に集まっていた。すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。(約束の成就)
聖霊様のバプテスマによって弟子たちには大きな変化があり、正しいことを行う勇気と力をいただきました。
• ペンテコステの前、ペテロはイエスの弟子だと知られることが非常に恐れていたため、3回嘘をつき、イエス様を知っていることを否定しました。ペンテコステの後、彼は何千人もの人々に説教し、イエスのゆえに何度も投獄され、殴打(おうだ)され、最終的に殉教者として命を捧げました
• 聖霊に満たされる前、ヤコブとヨハネは「雷の子」と名付けられ、短気であり、イエスが天から敵に火を降らせることを望んだこともあった。聖霊のきよい愛に満たされた後、使徒ヨハネは愛の使徒として知られるようになりました。彼が書いたヨハネの手紙第一には、「愛」という言葉はよく登場する。
• 神の力に満たされる前、トマスはイエスが本当に死からよみがえったのか疑っていました。彼は自分の目で確かめたいと思っていました。ペンテコステの後、イエスを見ることはできませんでしたが、聖霊に導かれてインドまで行き、イエスの証人となりました。彼は信仰と福音のために命を捧げました。
• 弟子たちがきよめられる前、神の国で誰が最も偉大になるのか、天国で誰が神の右側に座るかを言い争いました。心が清められた後、彼らは調和して働いていました。
4.クリスチャンはどのようにしてきよめられるのでしょうか?
• 自分が救われていることを確認する。もし罪を犯してしまっていたら、神の前にそれらの罪を正直に告白し、捨て、離れ、赦しを得なければなりません。神様に従っている者はきよめを求めることができます。
• 心を尽くして神様を求める。ルカ 11章 9〜10, 13節 ですから、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求める者は手に入れ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。ですから、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っています。それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。」
• 神に従い、完全に神に身を委ねる。神から何も隠そうとしないでください。すべてを神に告げなさい。すべてを神に委ねなさい。神に従い、神を信頼し、あなたの心の中にあるすべてを神に示してもらいましょう。神は徹底的な働きをしてくださいます。あなたを妨げているのは、たった一つのことかもしれません
• 神ご自身が御業をなさることを信頼し、信じる。きよめは聖霊の御業であり、私たちが従って、完全に献身した後には、聖霊様が良いと思うタイミングと方法でなさるきよめを待ち望むことが私たちの役割です。
山口県岩国聖書宣教教会
住所:山口県岩国市藤生町1-26-24
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