2025年6月1日~約1年間を通し、キリスト教入門・神学コースで学んでいきたいと思います。只毎回集いたいのに集えない学びたいけど1年間を通すとなれば~???と思う方朗報です!この度HPから見て学ぶ、ことが可能になりました。数年後あ!こんな話してたよねって振り返えり誰かの力になることもあると思います。
27.クリスチャンの聖別(この世と罪からの分離)
ヨハネ17:14〜19
14 わたしは彼らにあなたのみことばを与えました。世は彼らを憎みました。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではないからです。15 わたしがお願いすることは、あなたが彼らをこの世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。16 わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。
17 真理によって彼らを聖別してください。あなたのみことばは真理です。18あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。19わたしは彼らのため、わたし自身を聖別します。彼ら自身も真理によって聖別されるためです。
イエス様は聖別された生涯を送りました。イエスは罪を決して犯されませんでした。罪人たちと共に時を過ごし、愛と恵みを示されましたが、彼らの罪に加わることはなさいませんでした。この箇所の祈りの中で、イエス様は御父に対し、ご自身が世の罪から分離されたように、弟子たちも神の御言葉の真理によって悪から自分自身を守るべきであることを語っておられます。
私たちはしばらくの間、この物理的な世界に生きますが、「世のもの」であったり「世的な考え」を持つ必要はありません。私たちは聖く、義に生き、神とその御心のために分聖別された者となることができるのです。
この世 κόσμος 新約聖書に187回登場します。意味は秩序ある仕組、装飾、飾り。神なしで存在しようとする複雑な体系と組織。
第一 ヨハネ 2:15〜17
15 あなたがたは世も世にあるものも、愛してはいけません。もしだれかが世を愛しているなら、その人のうちに御父の愛はありません。 16 すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢は、御父から出るものではなく、世から出るものだからです。 17 世と、世の欲は過ぎ去ります。しかし、神のみこころを行う者は永遠に生き続けます。
私たちは堕落した世界に生きています。人類は神の律法とご計画から背を向け、自分の望む生き方をしています。人々は一般的に、肉の欲に従って生きています。多くの世俗的な娯楽は、肉の欲、目の欲、そして暮らし向きの自慢に満ちています。そのようなものを愛すことはクリスチャンにはふさわしいことではありません。
ソーシャルメディア ー 人は新しい車、新しい服、旅行、グルメなどの写真を投稿する。これは神の道ではありません。これは謙遜で深い霊的な生き方でもなく、誇りに基づいており、欲、不満、偽り(フェイク)、物質主義を起こします。SNSはまた、品性や信仰や真理よりも、所有物や外見を重視する文化を作り出します。
ショート動画 ー ショート動画は目を引き、非常に中毒性があります。人々は何時間もかけて何十本もの動画をスクロールしていませんか。それらは霊的、肉体的、精神的に人の助けになっていますか。多くの場合、
人気を得るために、内容はクレイジーな行動、挑発的なこと、または暴力などを含まなければなりません。
映画 ー 多くの映画は娯楽目的のみであり、良いといえる可能性があっても時間の無駄で、聖書の読書や祈りから注意をそらす大きな妨げです。
最悪の場合には、映画は暴力、不道徳、LGBTQライフスタイル、進化論、殺人、自殺、離婚、強盗、悪い言葉、魔術(ハリー・ポッター)、そして聖書の教えすべてに反する世界観を含みます。
テレビ ー なぜ人々はテレビを持つのでしょうか。なぜ家庭の最も目立つ場所に高価な大型薄型テレビを置き、何時間も釘付けになって集まるのでしょうか。なぜ全く必要のない家電が、家庭にとってそれほど重要な要素と見なされているのでしょうか。
私たちのBMC教会は、1955年の創立当初からテレビに対して強い立場を取ってきました。完全な断絶という私たちの立場は、何回も世俗的な研究を通して裏付けられてきました。テレビは家庭生活、子どもの脳の発達、社会的交流、全体的な健康、道徳、そして何より神との歩みにおいて破壊的な影響を与える事実が見えます。
なぜ多くのクリスチャンにとって、仏壇を手放すよりもテレビを手放す方が難しく見えるのでしょうか。
テレビは現代の偶像だからでしょうか。
どうか神が、誠実なすべてのクリスチャンを、スマートフォン、インターネット、テクノロジーによる娯楽使用の
渦と流砂のような危険から守り、また救い出してくださいますように。
キリスト者の内なるきよめ、また具体的な聖別
第二 コリント 6:17〜18 それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らから離れよ。──主は言われる──
汚れたものに触れてはならない。そうすればわたしは、あなたがたを受け入れ、わたしはあなたがたの父となり、
あなたがたはわたしの息子、娘となる。──全能の主は言われる。」
神は私たちに基準(聖潔)を与え、また解決と方法(御霊による聖化)を与えてくださいました。神は救いの時に私たちの罪を取り除かれ、御霊が完全に私たちの内に住み、私たちをきよめるとき、罪の性質をも取り除いてくださいます。その後、神様の近くに歩み、イエス様にとどまり、日々神様に喜ばれる生活を送る特権があります。
私たちがイエス様を信じて罪を告白すると、新しい家族に加えられ、新しい信仰を受け入れ、人生の中のすべての既知の罪に背を向けます。過去の過ちに対する償いをすること、家族よりも神に従うことを選ぶこと、世的な
友人との関係を断つこと、所有物の中で神に喜ばれないものを捨てることなど、人生において大きな変化を求められることもあります。「古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」 第二コリント5:17
聖書は、私たちの救いの白い衣が「世の汚れに染まれないように自分を守る」とはっきり注意しています。
私たちの周囲に罪や世的さがあふれていても、それに関わる必要はないです。
以下は、神の前に純潔で聖くあり続けるために、避けることが望ましい事柄の一覧です。
• 俗語や「悪い言葉」を使うこと ー 私たちの言葉は、神に喜ばれるものであるべきです。
• アルコールの使用 ー アルコールは、数えきれないほど多くの人々、家庭、そして経済を破壊してきました。
• たばこの使用 ー これは不潔で不健康な習慣であり、神はそこから私たちを解放することができます!
• 麻薬 ー これらは心を歪め、魂を奴隷にします。
• 口論、うわさ話、聖書的でない形でのクリスチャン同士の訴訟(Ⅰコリント 6:1–8)
• 不正直、嘘、また返済計画のない借金
• 派手または挑発的な服装スタイル ー 私たちの服装は自分自身に注目を集めるものでしょうか。
派手で、世的で、挑発的なものでしょうか。クリスチャンの男女は慎み深く装うべきです。
• 女性がズボンをはくこと ー 女性は女性らしい服装をすべきであり、ズボンは女性を男性的に見せる。
• メイクアップ ー あなたは神にとって美しい存在です。顔を塗り飾る世の流行に従わないでください。
• 男性の長髪 ー たまにこれは神に対する反抗のしるしであり、また恥ずかしいことです。
• 女性の短い髪 ー 世の多くの女性が髪を切ることを選んでいても、髪を切らずに長く伸ばすという聖書の基準は今にも変わりがないです。
• あらゆる種類の宝飾品の着用 ー 宝飾品は、暮らし向きの自慢や目の欲を助長します。
• 世的な音楽 ー 人は聞くものによって形作られます。音楽は、魂の感情を表現するために神によって造られました。音楽は、魂を引き上げ、神様に礼拝を起こすことに最もよく用いられます。肉の欲を満たす浅薄で世的な音楽は避けるべきです。私たちが聴いている音楽は、神に喜ばれ、神をあがめるものでしょうか。
• 世的なダンス ー この世が提供するほとんどすべてのダンスは、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢を助長します。
• ギャンブル ー 時間とお金の無駄であり、多くの罪(貪欲、金銭愛など)につながります。
• ビデオゲーム ー 非常に中毒性が高く、銃撃、殺害、暴力、強盗などを含むことがあります。
確かに、この一覧に加えることのできる事柄は、他にもあるでしょう。しかし、私たちの目的は、すべての危険や罪を
列挙することではなく、誠実で聖なるクリスチャンが何世代にもわたって避けてきたものを示すことです。これらは何十年も前から存在してきたものであり、洞察力と御霊に満たされたクリスチャンたちが神の御言葉を学び、これらすべてが私たちの人生に対する神の聖なる御心に反するものであると理解してきました。
私たち一人ひとりが神に非常に近く歩み、御言葉と御心に深く同調して生きることもとても重要です。
そうすることで、悪魔が私たちの人生にもたらそうとする新たな危険や罠を見抜くことができるのです。
聖書は、聖霊が私たちを「すべての真理へと導いてくださる」こと、そして何が正しく、何が間違っているかを教えてくださることを約束しています。聖霊は私たちの教師であり、私たちがその促しと導きに従うなら、私たちは心を清く保ち、「世の汚れに染まれてない」者であり続けることができるのです。
28.(復習と話し合い)クリスチャンの聖別(この世と罪からの分離)
1.「世も世にあるものを愛してはいけません」を自分の言葉で説明してみてください。
2.クリスチャンにとってSNS、ショート動画、映画、テレビなどにはどのような危険がありますか?まとめてください
3.考えてみましょう。 A.神様の前に私たちの振る舞いと行動はなぜきよくある必要がありますか?
B.他人の前に私たちの振る舞いと行動はなぜきよくある必要がありますか?
4.避けるべきもののリストから一つを選び、それがなぜきよさを保つのには避けたほうが良いと説明してください。
5.読書宿題の 「道徳的退廃」についての感想をお願いします。
山口県岩国聖書宣教教会
住所:山口県岩国市藤生町1-26-24
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