藤岡姉妹の証し

 

 

主の聖名を心から賛美し感謝し崇めます。

『すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に栄光がとこしえにありますように。』ローマ一一:三六

 昭和四二年一二月九日の出来事は、鮮やかに脳裏に残っています。「福音丸」と命名された伝道船で、第一回目の開拓伝道に、阿多田島という所へ出発しました。その日は朝から雪が降りとても寒い日でした。主人は仕事を終えて、一人で早めの夕食をとって、約束しているので、とにかく教会まで行ってみるからと、急いで出掛けました。私と子供達は留守番をしていました。伝道船に誰が乗って、何人で出掛けたのかは、全く分かりませんでした。冬の夜で、海が荒れているから、出航はしていない事を願いながら祈っていました。一十時になり、一二時になり心配で、心配で胸がどきどきしながら、待つしかありませんでした。一睡も出来ず、無事でいてくれる事だけを祈り続けました。もしかして、教会で徹夜祈祷会をしているのではと…

 夜が明けました。子供達を起こして、急いで教会へ行ってみました。主人の乗ってきたバイクがありましたが家の中には誰もいません。胸騒ぎが激しくなりました。タクシーで海上保安署へ急ぎました。大勢の人々が集まって大変な騒ぎでした。係りの方が私達の姿を見て、「教会の人ですか。」「船には誰と誰が乗っていましたか。」「何人だったのですか。」と矢継ぎ早に尋ねられました。しかし私は主人以外の誰が乗っていたのかまったく分かりませんでした。「主人は無事なのでしょうか。」捜索の船の係りの人も、また新聞社の人も大勢の人が押し寄せていました。

 次々と入る情報の中に主人は行方不明だと知らされました。私はただただその場にひざまづき祈りました。「神様助けてください。奇跡を起こして助けてください。」今考えると自分の事しか考えてないわがままな祈りだったのかもしれません。しかしそれが私の切なる願いだったのです。「幼い子供を残して先に天国に行ってしまうなんて、私達はどうしたらいいのですか。神様絶対助けてください。」…

「主よ、私のたましいは、あなたを仰いでいます。わが神。私は、あなたに信頼いたします。」詩篇二五・一~二

 

 結果は船に乗っていた人は十名で七名が天国へ召されました。「主が与え、主が取られたのだ。主の聖名はほむべきかな。」(ヨブ一章二一節)心が平安になるには時が必要でした。私は現場にいなかったので、助かった方々から断片的に話を聞きました。岩国基地に停泊していたので、その港から出発しました。悪天候でしたが、阿多田島の子供達と約束していたので、夕刻でしたが出発したそうです。港を離れて三十分もしないとき、船底から浸水してきたようです。慌てて水を外に出したりするひまもなく船は転覆してしまいました。全員は救命具をつけていましたが、冬の海ですし、あたりは真っ暗です。冷たい海に投げ出されて全員が凍死でした。開拓伝道の第一回目の計画を熱心に祈ってきたはずなのに、なぜこんな悲しい結果になったのでしょうか。余りにも大きな試練でした。大切な愛する人を失った悲しみは忘れがたく残ります。私の人生のすべてに神様の支配と摂理のあることを学びました。神様の哀れみと深い愛から離されることはありません。神様の約束を信じてすべてのことを感謝申し上げます。

当時 勝三二歳 久美子三一歳 真紀八歳 徹六歳

「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。

 驚いてはならない、わたしはあなたの神である。

 わたしはあなたを強くし、あなたを助け、

 わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」 イザヤ四一・一0

 

 あの日から三十年が経ちました。愚かな者にも、主は変わりなく愛をもってお守り下さいました。悲しみも、苦しみも、どんな出来事も神様のみ旨であり、神様の御業と信じます。主と共にお受けしていく時に、すべてが喜びに変えられます。母子三人の信仰の戦いは数多くありました。「こんな筈ではなかったのに、」と思わされることがいっぱいありました。悲しみの涙をぬぐってくださるのは神様の愛でした。そして主はその悲しみを喜びに変えてくださいました。信仰による勝利を与えてくださいました。すべてのことを心から感謝申し上げます。背後にあって、弱い私達のために、厚き祈りをささげてくださっている方々に、神様が豊かに祝福をお与えくださいますようにお祈り申し上げます。

 「我らの国籍は天にあり」(ピリピ三章二十節)…やがて、私は、この世を去るとき、主人、そして多くの兄弟姉妹と天において再会する希望を持っています。主の十字架の贖いによって永遠の御国に住むことの特権が与えられている恵みを心から感謝申し上げます。

 現在は、娘夫婦と孫と、四人で生活できて平安な日々を過ごさせていただいています。国立岩国病院で二七年間勤務して、今は郷里の徳島県に帰ってまいりました。私の手と足と目と口と愚かな頭でも、必要があれば、お役に立てたらと思っています。神様の御声に聞き従おうと祈っています。私はいつも共にいてくださる主を信頼いたします。

 最後に、主人が召天しました岩国は、第二の故郷です。神様が引き合わせてくださった多くの兄弟、姉妹にすべてを感謝申し上げます。真心のこもった愛を決して忘れません。ありがとうございました。主の祝福が豊かにありますようにお祈り申し上げます。

 

 

        徳島県板野郡北島町中村字外側也一0-一四

 

           藤岡 久美子