神様から頂いた契約は最初の世代にモーセによって与えられましたが、次世代の人々が実際約束された地に入る為、新たな契約関係を神様と結ぶ必要性がありました。今日はそこから学んでみたいと思います。

 

主の宝の民 16節から19

 

16節「 今日、あなたの神、【主】は、これらの掟と定めを行うように、あなたに命じておられる。あなたは心を尽くし、いのちを尽くして、それを守り行いなさい。」ここでは定めを行う大切さが言われていますが、ただそれらを行うだけではなく、心を尽くし、いのちを尽くして、それらを守り行う大切さが続けて書かれてあります。17節では素晴らしい決心を民達がした事が書かれてあります。「あなたは今日、この【主】をあなたの神とし、主の道に歩み、主の掟と命令と定めを守り、御声に聞き従うと誓約した。」民達は主の道を歩もうとしていたのです。私達も全ての行いを通して、神様に栄光を帰する事が出来たらなんと幸いな事でしょう。

 

イスラエルの民達は、私たちの神様はヤハウェ「主」なる神様だと言いました。そして、神様は民達の事を神の民と呼んで下さいました。神様の子になれる事は特権です。だからこそ、新たに神様と民達で契約が成立したという事です。18節と19節では、神様は民達の事を、主の宝の民と言っています。「今日、【主】は、あなたに約束したとおり、あなたが主のすべての命令を守り主の宝の民となること、あなたを、主が造られたすべての国々の上に高く上げて栄誉と名声と栄えとし、約束のとおり、あなたが、あなたの神、【主】の聖なる民となることを誓約されたのである。」民達が神様に従うと、主はすべての国々よりも勝る者にして下さるともあります。イスラエルの民達が神様を一番にし、律法に従うならば高く上げてくださるが、民達が神様から離れ、律法にも背き、罪を行った時、彼らは他の国の人から軽蔑されてしまうでしょう。神様を高く上げ、礼拝し、尊敬するならば、神様は私達を名誉あるものとして下さるのです。とにかく、神様が民達に願われていたことは、彼らが主の聖なる民となる事でした。

 

l  Iペテロ1章2節「父なる神の予知のままに、御霊による聖別によって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人たちへ。恵みと平安が、あなたがたにますます豊かに与えられますように。

 

公式宣言 1節から4節

 

1節から読んで見て分かるように、イスラエルの長老達もモーセと同じように、神様に従う大切さを言っています。「モーセとイスラエルの長老たちは、民にこう命じた。「私が今日あなたがたに命じるすべての命令を守りなさい。」9節10節でも、祭司やレビ人も神様に従う大切さを言っています。「それから、モーセとレビ人の祭司たちはイスラエル全体に告げた。「イスラエルよ、静まって聞きなさい。今日あなたは、あなたの神、【主】の民となった。あなたの神、【主】の御声に聞き従い、私が今日あなたに命じる主の命令と掟を行いなさい。」やはり、上に立つ者達がこのように神様に従う大切さを伝えられる事は素晴らしい事です。良き模範を示し、良き影響を及ぼす事が出来ると神様から祝福されます。

 

もうすぐ、民達はヨルダン川を渡り、カナンの地に入ろうとしていました。そこで、やっと神様がアブラハムに約束されていたカナンの地を得る事が出来るのです。そして、民達がカナンの地に入ったら、神様にまず祭壇を築くようにと、4節と5節で言われています。「あなたがたがヨルダン川を渡ったら、私が今日あなたがたに命じるこれらの石をエバル山に立て、それに石灰を塗りなさい。そこに、あなたの神、【主】のために祭壇を、石の祭壇を築きなさい。それには鉄の道具を当ててはならない。

 

3節「渡ったら、それらの上に、このみおしえのすべてのことばを書き記しなさい。それは、あなたの父祖の神、【主】が約束されたとおり、あなたの神、【主】があなたに与えようとしておられる地、乳と蜜の流れる地にあなたが入るためである。」とあるように、み教えを石に書きしるすようにと言われています。これがモーセの十戒の事だったかははっきりと分かりませんが、英語の聖書の8節では、皆が読みやすく、理解しやすいように書き記せとあります。「それらの石の上に、このみおしえのことばすべてを、よく確認して書き記しなさい。」イスラエルの民達がエリコの町とアイの町を制覇した後、ヨシュアは民を率いてエバル山に行きました。そこでの出来事はヨシュア記830節から33節に書かれてあります。「それからヨシュアはエバル山に、イスラエルの神、【主】のために一つの祭壇を築いた。それは、【主】のしもべモーセがイスラエルの子らに命じたとおり、またモーセの律法の書に記されているとおり、鉄の道具を当てない自然のままの石の祭壇であった。彼らはその上で【主】に全焼のささげ物を献げ、交わりのいけにえを献げた。ヨシュアはその場所で、モーセがイスラエルの子らの前で書いた律法の写しを、石の上に書いた。全イスラエル、その長老たち、つかさたち、さばき人たちは、寄留者もこの地で生まれた者も同様に、【主】の契約の箱を担ぐレビ人の祭司たちの前で、箱のこちら側と向こう側とに分かれ、半分はゲリジム山の前に、もう半分はエバル山の前に立った。それは【主】のしもべモーセが以前命じたように、イスラエルの民を祝福するためであった。」民達は言われていた通りに全てを行いました。その後、彼らは祝福されました。まだ彼らには制覇しなければならない地がありましたが、彼らが神様との歩みを明確にした結果、彼らは神様の力を得て、それらの土地をも制覇する事が出来たのです。私たちも日々良き証を立て、神様の戒めを守り、神様と共に歩むならば、罪に対して勝利を治める事が出来るでしょう。

 

エバル山のふもとにはシェケムと言う町がありました。シェケムは、神様がアブラハムに現れた場所であり、アブラハムが初めて神様の為に祭壇を建てた場所でもありました。そして、ここでやっと、アブラハムの子孫が神様に約束されたように、シェケムの町を得る事が出来たのです。

 

l  カナンの地は神様からの約束によって得た土地です。その為、その土地を保持する為には、神様に従順でなければなりませんでした。

 

献身 5節から7

 

イスラエルの民達は石に律法を書き記すと共に、神様を礼拝する為に祭壇を建てました。この祭壇はエバル山に建てられましたが、その場所は律法が石に刻まれた場所です。と言う事は、そこで呪いが宣言されたという事になります。それは、神様の律法が与えられる事により、罪があらわにされるからです。そして、祭壇は、神様のあわれみのゆえに罪を赦して頂く場所です。律法は石に刻まれていたので、曲げる事は出来ません。祭壇も石で作られており、神様との関係を曲げることなく改善できる場所として造られました。また、これらの石は切ったり、道具で加工をしてはいけないとあります。人間の手で造られたものではなくて、自然な状態の石を使う必要性がありました。6節「自然のままの石で、あなたの神、【主】の祭壇を築かなければならない。その上で、あなたの神、【主】に全焼のささげ物を献げなさい。」そして、最後に7節にはこうあります。「またそこで交わりのいけにえを献げて、それを食べ、あなたの神、【主】の前で喜び楽しみなさい。」神様に礼拝を捧げる時も、私達は喜びを持って教会に集まり、心からの礼拝を捧げていきましょう。そして、私達も神様との歩みを改める必要があるならば、改めて、神様との関係改善を心がけていきましょう。

 

 

 

ゴールデンテキスト             

 

出エジプト6章7節「わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。あなたがたは、わたしがあなたがたの神、【主】であり、あなたがたをエジプトでの苦役から導き出す者であることを知る。