始めに

 

ネブカデネザルはとても傲慢で自己中心的な王様でした。ダニエル2章では、ネブカデネザル王は夢の中で、頭が金で出来た像を見ました。そして、ダニエルが最後の手段として呼ばれ、その夢に対しての解き明かしをしました。その像の金の頭はバビロンを象徴していて、キリストが支配される千年王国までに立って、また滅びて行く国々がその頭の下に続いていたようです。その解き明かしを聞いた後、3章ではネブカデネザル王は巨大な金の像を作りました。その大きさは凡そ27メートルあったようです(凡そ今現在の9階建てのビルの高さ)。

 

バビロンの国はペルシャ湾から地中海までの大きな国で、世界的に見ても存在感のある国でした。その為、バビロンは多くの人々が行き来する都市になり、異なる言葉を話す人々や色々な宗教を持つ外国人でごった返していました。そのような様々な人々をまとめる為にも、ネブカデネザル王は皆が拝める一つの大きな像を作る必要性を感じたのでしょう。その像が完成したとき、ネブカデネザル王は皆を集めて式典を開きました。しかし、ただの式典にはとどまらず、音楽が鳴りだしたら、そこにいる全ての者はその像に対して礼拝をしなければならない、と命令が下りました。そして11節にあるように「ひれ伏して拝まない者はだれでも、火の燃える炉の中へ投げ込め』と命令されました。」この像はただ政治的に利用されていただけでなく、国の宗教として建てられたのでした。また、恐らく他の政治家達の中でも、ダニエル達が良い地位についている事を良く思っていない者達がいたようです。その為、真の神様を信じている彼らを滅ぼす為に今回の行事は行われたのかもしれません。ネブカデネザル王は彼らが像を拝まなかった事を聞き、呼び出して、もう一度拝むチャンスを与えると言いましたが、彼らは断りました。

 

神様に従った三人 16節から18

 

彼らは恐らくこの日が来る事を像の建築を見ながら知っていた事でしょう。恐らく、建築されている中、彼らは神様に祈り、力を得、何が何でもこの像を拝まないと決心していた事でしょう。そのような決断はあなた以外、誰も変える事が出来ません。例え、どんな罰則があるとしても、私たちはいつも正しい事を選んでいかなければなりません。はっきりと罪だとわかっているのに、これは罪だろうか罪ではないのだろうかと考える事も私たちにとって良くないと思います。罪は罪だとはっきりと見分ける必要があり、罪には手を出さないと決断する力も必要なのです。17節と18節では彼らはこのように王様に言っています。「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」」素晴らしい信仰ですね。彼らは完全に神様を信じ切っていました。

 

燃える炎の中へと 19節から23

 

19節「すると、ネブカデネザルは怒りに満ち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴに対する顔つきが変わった。彼は炉を普通より七倍熱くせよと命じた。」などネブカデネザル王の態度が急変したことが書かれてあります。皆さんもこのような体験をした事ありますか?

 

よくバビロンではこのようにして、火によって罪を犯した人々を罰していたようです。また、王様の怒りにより、7倍ほど炎を熱くした事により、神様の力がこの後に現わされました。20節と22節には「また彼の軍隊の中の力強い者たちに、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを縛って、火の燃える炉に投げ込めと命じた。」そして、「王の命令がきびしく、炉がはなはだ熱かったので、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを連れて来た者たちは、その火炎に焼き殺された。」とあります。彼らを燃やさなかった炎は、彼らを投げ入れた強い兵隊を焼き殺したのです。ここで炎の強さが示され、また、神様の強い守りの手も示されました。

 

l  詩編715節と16節「 彼は穴を掘って、それを深くし、おのれの作った穴に落ち込む。その害毒は、おのれのかしらに戻り、その暴虐は、おのれの脳天に下る。

 

三人が解放された 24節から28

 

その炎の窯は上から油や罪を犯した人を入れていたと思われます。そして、窯の横にも灰を出す所があって、恐らく王様はこの横から自分の命令に従わなかった者達の滅びを見ようとしたのでしょう。しかし、王様が見た光景は考えていた事と正反対で、3人の人が苦しむ光景ではなく、四人の男性が炎の中を歩いているのを見ました。王様は家来を呼んで、何人を炎の中に入れたのかと尋ねました。24節と25節「そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」」この神の子とはイエス様の事でしょう。マタイ2820節にはこうあります。「また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」」これは素晴らしい約束です。ここにあるように、例え炎の中にでもイエス様は共にいてくださるのです。そして、この炎によって彼らは滅ぼされることなく、解放されたのです。この出来事により、ネブカデネザル王はどの神様が本物かを知りました。26節では王様は彼らの事をいと高き神のしもべと言っています。「それから、ネブカデネザルは火の燃える炉の口に近づいて言った。「シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ。いと高き神のしもべたち。すぐ出て来なさい。」そこで、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは火の中から出て来た。」出て来た彼らの服や髪の毛などは全く燃えておらず、煙の臭いもしなかったとあります。ネブカデネザル王はここで真の神様は真の神様を礼拝する者を守られる事を知りましたが、ここでは彼自身は救われませんでした。4章ではネブカデネザル王の傲慢さかまだ示されています。素晴らしい神様の奇跡を目の前で見ていても、全ての人が救われるわけではないようです。それは、救いには悔い改めと信仰が必要不可欠だからです。そして、傲慢な心をまず神様に処理していただけなければいけないのです。

 

29節「 それゆえ、私は命令する。諸民、諸国、諸国語の者のうち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神を侮る者はだれでも、その手足は切り離され、その家をごみの山とさせる。このように救い出すことのできる神は、ほかにないからだ。」」その後、彼らの神様を侮ってはならないと言う命令が出されました。この事により、捕虜として連れて来られていたユダヤ人達は真の神様に立ち返りやすくなった事でしょう。

 

l  イザヤ書432節「あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。

 

 

 

ゴールデンテキスト

 

ダニエル書317節「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。

 


 BMC日曜学校テキスト〈大人のクラス〉より

 

翻訳  猪坂 知央