今日のレッスンでローマ書は終わりになります。今日の内容では、パウロのこれからの計画、また彼の手紙を読んでくれた人々に感謝をしています。この手紙の中でも、パウロは罪から自分自身を救う事は不可能だと言っています。イエス・キリストだけが私たちを罪から解放する事ができるからです。まずは、イエス・キリストが私たちの罪の罰をすでに受けて下さったことを信じ、私たちが罪を言い表して赦しを求めるなら、私たちの罪は赦され、神様からも義と認められると説明されています。では、私たちクリスチャンは、常に神様と共に歩むためにはどうすれば良いでしょう?もっと神様に近づく為には、どうすれば良いでしょう?一緒に考えて見たいと思います。

 

13節では「どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。」と、パウロはこのように、神様からの祝福に満たされて歩みなさいと教えています。やはり、喜びと平和に満たされて、また聖霊の力を日々受けて歩むなら、私たちは常に輝いている事が出来るでしょう。常に神様から力を受けて輝けるなら、もっと神様との関係も深まります。15節には「ただ私が所々、かなり大胆に書いたのは、あなたがたにもう一度思い起こしてもらうためでした」と、パウロはどうして大胆に手紙を書いたか、理由を述べています。この手紙を送っていた教会は、パウロが建てた教会ではありませんでした。また、パウロはその兄弟姉妹に一度も会った事もありませんでした。それなのに、パウロが大胆に手紙を彼ら宛に書くことができたのは、兄弟姉妹に対して確信を持っていたからです。14節から16節にもありますが「私の兄弟たちよ。あなたがた自身が善意にあふれ、すべての知恵に満たされ、また互いに訓戒し合うことができることを、この私は確信しています。それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。」とパウロは彼らの信仰を誉めました。しかし、ここを正して欲しいと言う点もあったようです。パウロの気持ちは、そこまでの素晴らしい信仰があるなら、聖霊に満たされて、神に受け入れられる聖い備え物になって欲しいと願っていたようです。また、そこまで彼が必死に福音を宣べ伝えていたのは、やはり、神様自身がパウロをこの働きに任命されたからでしょう。16節にも書いてありますが、パウロは、とりあえず神様に任命されたから福音を伝えよう、と言う感じではありませんでした。パウロは新しい兄弟姉妹の霊的な成長を求め、また聖霊に満たされ、輝いて欲しいと願っていたから、強い口調ででも、彼らを教えたかったのでしょう。16節の終わりにもありますが、彼らが聖霊様によって聖められて、神様に受け入れられる者になって欲しいと心から願っていました。

 

パウロにはここまでの異邦人に対しての熱心な気持ちがあったので、彼の働きはどんどん成長して行きました。人々は救われ、聖められ、新しい教会が立ち、祝福されました。また、救われて聖められたクリスチャン達自信も福音をどんどん延べ伝えていきました。17節では「それで、神に仕えることに関して、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っているのです。」と言っています。パウロは、自分自身がここまで神様の働きをしたよっ、と自慢するのではなく、イエス様がパウロに何をして下さったかを人々に指し示しました。例え素晴らしい牧師でもこの地上からいなくなる時が来ます。しかし、イエス様の福音はそのまま宣べ伝えられています。イエス様の福音を宣べ伝える人間がすごいのではなく、イエス様が私たちに素晴らしい事をしてくださったと言う事が重要になります。18節と19節にはこう書いてあります。「 私は、キリストが異邦人を従順にならせるため、この私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かを話そうなどとはしません。キリストは、ことばと行いにより、また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げてくださいました。その結果、私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。」またガラテヤ書2章20節にもこうあります。「 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」パウロはこのような信念を持って、福音を今まで聞いたことがない人々の所へと行って宣べ伝えました。彼はどんなに迫害されても、反対されても、福音の一部を省いたりせず、大胆に真実全てを宣べ伝えて行きました。パウロの伝道旅行は決して簡単なものではありませんでした。例え捕まえられても、福音を宣べ伝える事が困難になっても、それを逆にチャンスに変えて福音を宣べ伝えて行きました。使徒の働き1526節にはこうあります。「このバルナバとパウロは、私たちの主イエス・キリストの御名のために、いのちを投げ出した人たちです。」パウロはローマの兄弟姉妹の所に行こうとずっと頑張っていましたが、パウロが考えていた行き方ではなく、神様のやり方で、彼はローマに行くことが出来ました。聖書にははっきりと示されていませんが、パウロはスペインにも行っているようです。パウロはローマの兄弟姉妹と会った後、数人と一緒に西へと伝道をしたようです。その結果、ローマの教会がヨーロッパへと福音を宣べ伝えて行く為の拠点として素晴らしい働きをしたようです。

 

 

ゴールデンテキスト

 

ローマ書1529節「あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています。


BMC日曜学校テキスト〈大人のクラス〉より

 

翻訳  猪坂 知央